中国、上海で日本人プロインストラクターによる、日本語のゴルフレッスン、「ジェヌインゴルフクラブ」。
Diary Corner
9月30日(火 )             幻のパンで現実を知る             平川清治
  以前、日記で書きました幻のパンを昨夜ようやく買う事ができました。中国は昨日から国慶節に入り、いつもよりも人々が少ないので、『もしかして』というよみが当たりました。今までにそのパン屋さんには10回以上は通ったと思います。いつ行っても売り切れで、しょうがなく別のパンを買って帰る事もよくありましたが、どれを食べてもとても美味しかったです。どのパンも基本的には自然の食材を使っているらしく、値段も多少高目です。昨日買うことができた『竹炭パン』は、簡単に言うと真っ黒な食パンです。1斤日本円で約400円ですので、食パンにしてはやはり高いと思います。お店で5枚に切ってもらい、家に帰って早速食べてみました。中にはくこの実や、胡桃、アーモンドなどが入っていて、パンもふかふかで美味しかったですし、とても身体に良いものなんだろうという気はしました。しかし、言っても食パンです。残念ながら感激するほどの美味さではありませんでした。売り切れでしょうがなく買ったパンでさえ、どれも美味しく、期待が大きくなり過ぎていただけに、???という思いは拭えません。はずれの時に買った、丸くて表面が少し固いパンで、中に四角いチーズがたっぷり入っているパンの方が正直僕は好きです。現実とはこんなものでしょう。
9月29日(月 )               国慶節                  李 倩倩
今週の土日が普通とは違ってお客様はあまり来られません。ジェヌインの朱さんに聞いて、「もうすぐ国慶節ですので、国家の休日規定では27、28日は29、30日の代わりに出勤して、29と30日から10月5日まで一週間の連休です。」という説明を聞いて分かりました。なるほどね!皆は国慶節の長期祭りを機会に、あっちこっちを回ったり観光したりします。中国に来られる外国の方に対し、これは中国をもっと深く知ってもらうチャンスでしょう。中国は五千年の歴史を持っていますので、有名な観光地や美味しい料理が沢山あります。中国をあまり知らない方にお勧めの所を紹介しましょう。北京の天安門と万里の長城は言わなくでも皆さんは知っているでしょう!広西省の桂林山水;安徽省の黄山;雲南省の昆明と?江;浙江省の杭州西湖;??省の大連等。各地の特徴料理もありますが、若しお時間が取れて北京に寄った時は、是非一度本場のペキンダックを召し上がって下さい。遠い所から来られた外国人の皆様、綺麗な風景区を観賞しながら美味しい中華料理を食べ、中国人と一緒に国慶節を楽しくお過ごしください!
9月28日(日)               明日から連休                   やぎ
最近はすっかり涼しくなり秋らしい天気になってきました。気温も30度を超える日が無くなり過ごし易くなっています。今日は虹橋ゴルフのコースレッスンに行きましたが、朝から良い天気で絶好のコンディションでした。暫くコースに出ていなかったので、久しぶりのコースはとても気持ちがよく、ストレスが一気に解消されたような気がします。朝8時過ぎに練習場に着きましたが、日曜日なのできっと打席待ちをしている人がいるだろうと思っていたのですが、練習しているいる人は少なく打席は空いていました。どうしてなのかなと思いましたが、国慶節前の調整で今日は仕事をしている人が多いのを思い出しました。練習場もコースも空いていて、料金も平日扱いになっていたので何か得をしたような気分になりました。虹橋ゴルフは上海の中心地から10Kmも離れていない場所にあり、近くには日本人学校や日本人が沢山住んでいる古北からもすぐの所にあります。周りは高層マンションが立ち並び、東京では考えられないところにコースがある感じがします。明日から今年最後の連休に入り、旅行や帰国される方も沢山いるでしょう。会員の方達も日本でコースに行かれる方や、旅行先でラウンドされる方もいると聞いています。ゴルフは何処でしていても他のものでは味わえない爽快感があると思います。この連休で皆さん普段のストレスを解消され、連休明けにはきっと清々しい笑顔でクラブにいらっしゃる事でしょう。良い報告を聞けるのを楽しみにしています。
9月27日(土 )                   休日                    李 倩倩
昨日は休みの日でした。最近何と無くいつも眠たいですので朝10時半まで寝て、顔を洗ってから洗濯をしました。それが終ってもう11時半になりました。それから、近くにある野菜店に行ってキュウリと白菜を買って料理を作りました。食後また眠くなってしまって、我慢できず3時まで寝ました。その後久し振りに一時間の日本語のヒヤリングを練習しました。本を読みかけた頃、弟に誘われてスーパーに行く事になりました。二人は歩いてスーパーに行ったので30分以上も掛かりました。スーパーに着くともう夕食の時間でしたため、一度戻って近くの店で食事をしました。その店はとても込んでいたので、注文した料理は随分時間が掛かり、ちょっと怒りました。私は別に何もないが、弟はおなかが非常に空きました。しかし、しようがなく待つしかありません。食事が終るともう6時ちょっと前でした。二人はスーパーに行きました。日常生活用品は何も買わず、食べ物はものすごく袋に入れました。重く感じてバスのプラットホームまで10分位歩かなければならないのでどうするか迷っていた時幸い、無料送迎バスが来ました。「あー、助かった。本当によかった。」と嬉しく急いで弟と一緒に自宅方向のナンバー5のバスに乗りました。バスの中で買った物を楽しく食べながら、出発時間を待ちました。やっと、バスが動き出しました。でも、バスは我が家と平行した道路を走りました。最後にはこのバスはきっと我が家の方向へ戻ると思いましたので、二人は平気で寝てしまいました。起きた時はもう家を遠く乗りすごしました。結局、バスに乗ったまま元の場所に戻されました。

9月26日(金)               改名?                     平川清治

 今日の夕方、 1 通のメールが届きました。あまり見覚えのないアドレスだったので、誰かなと思い開いて見てみると、学生の時からの友人だとすぐに分かりました。その中の 1 文に、『 1 , 5 円の借金大変やったな(笑)』と書いてありました。なんとこの日記を読んでくれているとは。今まで全く知りませんでした。時々意外な人から「日記コーナー、いつも楽しみにしていますよ。」とおっしゃっていただくことがあります。僕が思っている以上に多くの方に読んでいただいていることはとてもありがたく思います。  メールをもらった彼とは高校、大学が一緒でした。彼は今、本社が大阪にある親の会社の東京支社に勤務しています。ビルの管理やメンテナンスを行なっている会社なので、留守がちなうちの清掃も格安な料金で定期的にやってくれています。         もし、その友達 M と出会っていなければ今僕はゴルフの仕事はしていなかったと思います。 M との出会いが僕の人生の大きな岐路となったことは間違いありません。しかし、 M とは、高校の時にお互い顔は知っていても、話をしたことはありませんでした。というのも、うちの高校は 1 学年 20 クラス以上あったので、クラスや部活動が違えば話す機会はあまりありません。その M と大学で友達になったのは H がきっかけです。( H も友達のイニシャルですよ。今へんな想像しませんでしたか?) H とは大学の語学の授業が同じでした。 H も同じ高校出身でしたが、やはり話をしたことはありませんでした。語学の授業は唯一高校までのクラスと近い雰囲気があり、クラスの中に友達がまだいない者同志、お互い顔は知っていたので H とはすぐに打ち解けました。その H と M は高校の時からの友達だったので、 M ともすぐに友達になりました。それからは 3 人でいる時間が少しずつ増え、一緒にスポーツサークルにも入りました。そして M はゴルフ部にも入部しました。その時 M は一緒にゴルフ部に入ろうと僕を誘いました。僕は親父のお下がりのクラブを貰い、高校生の時に 1 度だけラウンドしたこともあって、一通り道具は揃っていましたが、『ゴルフ部』という響きはとてもお金がかかりそうでしたし、まして体育会のクラブに入って部活動に精を出す気もなかったので、その時は断りました。その後 M と行動を共にしていると自然とゴルフ部の連中とも仲良くなりました。そして彼らからいろいろ話を聞いていると、特別お金が掛かるわけでもなく、毎日何時間も練習に拘束されるでもなく、結構気楽な感じがしたので、遅ればせながら僕もゴルフ部に籍を置くことにしました。実際入部した後も、想像通りお気楽なクラブでしたし、先輩後輩の隔てが無く、結構みんな仲が良かったです。時々 2 年先輩の人たちからお誘いの電話を頂きましたが、それは決まって麻雀の誘いであって、結局先輩にゴルフで誘われたことは 1 度もありませんでした。部の合同練習は週に 2 回昼休みに大学の隣にある練習場で行なっていましたが、これも自主参加で、「時間がある者は一緒に練習しよう」位のノリで、うまいものが下手なものにアドバイスする程度の内容で、基本的には「自分でうまくなれ!」という具合でした。そんな生ぬるいゴルフ部生活でしたが、それでもあの時にゴルフを始めていなかったら今の自分は存在しなかったと思います。 M が僕をゴルフの世界にどっぷりと嵌らせた張本人です。                                            そんな M とは高校の時には話をしたことが無かったと書きましたが、実は僕は M のことを良く知っていました。 2 年生の時に週に 1 回武道の授業がありました。それは剣道と柔道の選択制でしたが、中学の体育の授業で柔道をやった時に苦い思い出があった僕は、迷わず剣道を選択しました。しかし、授業が始まってすぐにその選択は失敗だったと気づきました。柔道を選択した者はそれぞれ柔道着を購入しそれを着て授業を受けます。そして剣道は竹刀と頭に巻く手ぬぐいは自前のものを用意しますが、面や防具は学校のものを使います。これがものすごく くさい! 基本的にこういうものは洗わないものなんでしょう。とにかく くさい! それでも見た目に新しいものは比較的ましで、見るからに古いものは、これまでの先輩達の汗と涙が凝縮されていて、それを着けると目に沁みて涙がにじみ、頭が朦朧とするくらい くさい! それからというもの、武道の前の授業中に武道の準備をしておき、チャイムがなると同時に猛ダッシュで武道場へ向かい、ちょっとでも新しい防具を使おうと毎回争奪戦が繰り広げられました。                                                 その武道の時間は 2 クラス合同で、剣道と柔道に分かれて行ないますが、その時剣道組に隣のクラスの M もいました。なぜ M のことを鮮明に覚えていたかというと、 M の名前が少し変わっていて、宮鹿野と書いて『みやがの』と読みます。毎回授業のはじめに先生が出席を取ります。「○○〜」「はい!」、「○○〜」「はい!」、そして宮鹿野のところで先生は「みやしかの〜」と言いました。すると宮鹿野は「あの〜先生、みやがのなんですが、」すると先生は「おっ、そうか、みやがのと読むのか 。」「はい。」・・・そして翌週。宮鹿野のところで先生はまた 「みやしかの〜」。「あの〜先生、みやがのなんですが、」「おっ、そうだったな。みやがの〜」「はい!」・・・ そしてその翌週。またしても「みやしかの〜」。「 あの〜 先生、 み・や・が・の・ です。」すると先生は「おっ、すまん、すまん。来週からは絶対に大丈夫だから。」と言いました。正直言うと僕は武道の時間はあまり好きではありませんでしたが、この 2 人のやり取りだけは面白く思っていました。そして翌週。さすがに今週は大丈夫だろうという思いと、いや、また間違えるなという思いが僕の頭の中で葛藤する中、いよいよ宮鹿野の番です。先生は大きな声で迷わず 「みやしかの〜」 と言いました。僕は一瞬、宮鹿野はキレるんじゃないかと心配しましたが、宮鹿野はなんと訂正することなく 「はい!」 と返事しました。そしてその後約 1 年、宮鹿野は武道の時間だけ『みやしかの』で通しました。というわけで、宮鹿野のことを鮮明に覚えていました。                       そんなやり取りをしていた彼がその後僕の人生に影響を与えるとはその時には思いもしませんでした。                                            実名をバンバン出したが、許せ、宮鹿野!

9月25日(木)             おのぼりさん                やぎ
先週の木曜日から昨日まで東京に行ってきました。東京は涼しく、とても過ごし易く感じました。今回は5ヶ月振りに帰ったのですが、 街を歩いていても人が多いのは上海と同じで、中国語もあちこちから聞こえてきました。初めは何の違和感も感じな買ったのですが、驚いたのは自動販売機でタバコを買えなかった事でした。カード登録をしないと買えないというのを知らなかったので、おかしいなと思い何度も販売機を覗いていると、隣で座っていたタバコ屋のおばちゃんが、「カードがないと買えなくなったのよ。」と教えてくれました。なんだか田舎から出てきた おのぼりさん になったような気恥ずかしさを感じました。友人に会うために地下鉄に乗ろうとした時も、何線に乗ったらいいのか解からなくて暫く案内板を見上げて考え込んでしまいました。今回帰った時に天麩羅、お寿司、お刺身など美味しいものをいろいろ食べに行きたいと思っていたのですが、やはり何を食べても美味しく感じ、つい何度も「これは美味い。これも美味しい。」と言っている自分がやはり田舎から出てきた おのぼりさん 状態になっていると感じました。一年に3,4回は東京に帰っているのですが、やはりそう感じるのは時の流れにだんだん追いついていけない年になったからでしょうか。
9月24日(水)              ゴルフ場                   朱金仙 
この間、ある人に「上海には現在どのぐらいゴルフ場がありますか」と聞かれた事があります。私は頭の中で一応概算して20箇所ぐらいはあるだろうと思いました。確かにゴルフ人口がどんどん増えていますが、中国で人口が最も密集している都市と言われる上海はそんな厖大な土地を占めて沢山のゴルフ場を作るわけではないでしょう。しかし、「上海のどこに新しいゴルフ場が出来ましたよ」という話を時々聞きます。もっと正確な数字を知りたいので、色々と調べてみると今年はまた2箇所増えたそうです。上海では30箇所に達しました。上海市中心を抜いて各区にゴルフ場があります。このぐらいゴルフ場があればプレーフィーが安くなるはずですが、案外に毎年増えています。一番不思議に感じたのはギネスブックにも登録されている、12人の世界のトッププレーヤーがデザインに参加した世界最大の12コース・216ホールを有する、中国・深センの「ミッションヒルズ・ゴルフ場です。馬鹿なことを言いますが、もしそこで1日に1ラウンドを回るとしたら、12日も必要です。これはどんな贅沢な事でしょう。でも、ゴルファーにとっては誰でもそんなコースを実戦したいでしょう。

9月23日(火)            スマイル、1角              平川清治

 昨日の朝、伊勢丹の横にあるローソンでパンとコーヒーを買いました。代金は 10 , 1 元でした。買い物をするたびに小銭が増えるので、コンビニに行く時は大抵小銭を持って行くようにしていますが、こういう時に限って忘れるものです。また 4 ,9元分の小銭が増えるのかと思いながら仕様が無く 10 元札と 5 元札を出しました。レジの女店員(たぶん店長)に「 1 角ありませんか?」と尋ねられましたが、無いと答えました。するとその店員は5元札を僕に返しました。 おっ!コンビにでもまけてくれるんだ!さすが店長。 お陰で朝からポケットの中で小銭がジャラジャラせずに済んで ラッキー と、「謝謝。」と言って店を出ました。そして気分よく伊勢丹に向かいましたが、ふと、さっきの店員の言葉が気になりました。たしか「下次、給我(しゃあつ、げいうぉ)」と言ってたな。 うん??? つまり、次来た時に払えってことか!なんだ、それ。会社に着いてさっそく朱君に、そんなことはよくあるのか尋ねると、「それは信用されているからですよ。」と彼は言いました。喜んでいいものなのかどうか。でもなんかコンビニに1角(1,5円)借金しているようですっきりしません。                          そして今朝、 借りている事になっているなら早く返そう と思い、そのコンビニに立ち寄りました。ちょうど昨日の店員がレジの横にいたので、買い物をしたお釣りの中から1角を彼女に渡しました。はじめは不思議そうな顔をしていましたが、すぐに思い出したようで満面の笑みで1角を受け取りました。その笑顔はとても気持ちの良いものでした。                                                              あ〜、すっきりした!

9月22日(月 )              スーパーの風景                 李 倩倩
いつもスーパーを回る時、店員さんは一杯品物を入れたカートから中の品物を棚の元の位置に戻している風景をよく目にします。どうしてそういうことをするのか皆さんはご存知でしょうか?私が考えたのは一つ目:最初はそれを買いたくて、それを取ってカートに入れましたが、あっちこっち回って何かの原因で買いたくなくなり、元の品物棚に置きたがるんですが、その物の元の位置からもう遠く離れていて、わざわざそこへ戻ってその物をかえす必要がないと思ってしまって、勝手に手の近いところに置いてしまいました。二つ目:そんなに沢山お金を持っていない、又その物よりもっと好きな品物が見つかったので、恥ずかしく感じて元の位置に戻さず、近くに置いてしまった。実際、私もお金が足りなくて勝手に品物を置いた事があります。よく考えて、自分自身の原因で店員さんに余計な仕事をやらせて、本当に恥ずかしいと思ったので、これからそんな行為をしないようにします。日本人はそういう悪習慣があるかどうか分かりませんが、中国ではそういう習慣を持っている人がたくさんいると思います。いつかこの悪習慣を見なくなる日が来るでしょうか?
9月21日(日)                 安い桃                   朱金仙 
地下鉄から住んでいるところまで近いですが、両側に沢山木がある小さい道を通らなければなりません。そして、電灯なんかありません。晴れで月が出る日は問題が無いんですが、月が出ていない日の夜九時に仕事が終ってそこを通るのはちょっと恐ろしいです。悪い人に会うのを心配しているのではないが、ただ両側が暗くて心理的に少し圧迫感があります。でも、時々三輪車に果物を載せている人がそこで果物を売っています。勿論、彼は自分で照明電灯を持っています。ある日、駅の入り口を出てその道を通るとき、美味しそうな桃を見て「桃、いくらですか」と聞くと、「2キログラムで10元です」と返事しました。実はあまり買うつもりがなかったので、高いと言って帰ろうとすると、「2.5キログラム、10元」と言いました。私はこんなに楽に安くしてもらえるとは思いませんでした。さっさと幾つかを選んで渡しましたが、彼が図った後何個か入れて「丁度10元です。」と言いました。私が手で提げてみて、「嘘、これで2.5キログラムぐらいあるの?」と聞きました。彼はまた秤の鈎にかけて「見て、見て、2.5キログラム超えたよ」と自信満々で言いました。可笑しく感じましたが、お金を払いました。団地のドアに入る時、丁度そこの警備員がなにかを量っています。「桃、いくらですか、量ってみませんか」と警備員に言われて、桃を載せました。桃を量った警備員が何キログラムと聞いて「2.5キログラムです」と答えました。「嘘、ただ2キログラムですよ」と返って来ました。「どこで買ったのですか?一緒に交渉に行こう、何か言ったら、秤を折ってやる」と怒りながら言い出しました。問題を大きくしないため、私は一人で行きました。さっきのところに行って、何も言わなく、袋を渡すと、彼は測る振りをして「すみません、見間違いました」と言いながら、慌てて何個かを入れました。これぐらいなら重さが足りると思う私は「今度は足りますか」と言いました。大笑いをして十分ですよと答えました。うちに着いて桃を袋から出した時、さっき入れた桃は腐ったのが一つ入っていました。
9月20日(土 )             遅れた地下鉄              李 倩倩
今週の木曜日にあった事です。普通と同じタイミングに出発しましたが、地下鉄の駅に着いた時はもう沢山の人が集まっていました。電子表示板を見ると、列車は3分後に着くことが分かりました。皆と一緒に待ちましたが、4分間経っても地下鉄はやっぱり来なかった。殆どの乗客は落ち着いて待っていましたが、傍の一人の女性は私と同じで焦りながら、誰かに電話をかけていました。急に「後33分間だなあ」と大声で話し出しました。あー本当ですか?すぐ、頭を上げて上の電子表示板を見ると「列車は32分間後着く」と言う内容が目に入りました。如何しますか?もう9:03です。早く来ないときっと遅刻になりますよ!それに、後30分間も掛かるってどうしようか?八木先生に電話で説明したいですが、先生の携帯電話番号は知りません。ある人は待ちたくなくて地下鉄ホームを離れて、別の交通手段を選びました。私は本当に迷っていました。出勤時間まであと25分しかないのに、タクシーに乗っても40分くらい掛かると思います。しようがなく待つことにしました。地下鉄管理局から説明とかがないので、地下鉄が故障になったかもしれないと皆が話していました。嬉しい事に結局15分後に地下鉄が着きました。でも、言うまでもなく、その地下鉄にはもう人が一杯乗っていて、ものすごく込んでいた状況は皆さんも想像できるでしょう。そして40分遅れて会社に着きました、急いで鞄から鍵を出そうとした時、「あーしまった」鍵は家に忘れてしまいました。八木先生が10:20に来るまで又10分間ぐらい待ちました。

9月19日(金)              マックケーキ            平川清治

昨日の午後、買い物をするためショッピングセンターへ出かけました。そこの 1 階にはマクドナルドがあり、ちょうど小腹が空いていたので遅い昼食をとることにしました。大抵こういうファーストフード店は店内が混み合っていたりしますが、時間がずれていたせいか、比較的空いていました。壁際の 4 人掛けのテーブルが空いていたので、そこに座りハンバーガーをほおばっていました。そして何気なく隣のテーブルを見ると若い女性が 1 人で食事をしていました。その女性が食べているものを見て 「えっ!!」 と愕然としました。 2 人がけのテーブルに 1 人で座っていたその女性は、直径 20CM はあろうかというまん丸の白いケーキを黙々と食べていました。その食べっぷりの良さにしばらく見入ってしまいました。その女性の胸には名札がついていたのでおそらくその ショッピングセンターで働いている人だと思います。カップに入ったドリンクをストローで啜りながら見る見るうちにケーキが無くなっていき、あっという間に食べ尽くしてしまいました。そしてゴミ箱へケーキの容器とカップを投げ入れ、颯爽と出て行きました。                                               ハンバーガーは基本的に好きですが、時々食べた後に少し胸焼けすることがあります。この日の胸焼けは半端じゃなかったです。

9月18日(木)               知ったかぶり               やぎ
私は引っ越してから毎日バスで出勤しています。それまでバスには乗った事があまりありませんでした。朝の時間帯は渋滞する事が多いのですが、バスには専用道路があり、タクシーに乗るより早い場合もあります。それに2元(30円)と言う安価な事もあり、バスで通勤する事にしています。今朝もバスに乗って来たのですが、ある女性が運転手に「久光百貨店」に行くには何処で降りたらいいのかと聞いていました。私も「久光百貨店」には日本の食材が置いてあり、たまに買い物に行くので場所を知っていましたが、運転手はよくわからないようで、あいまいな返事をしていました。すると近くにいた乗客が、「それは、00で降りればいいんだ。」と言うような事を言って教えたのだと思いますが、他の乗客が降りる場所について「そこより00のほうがいいよ。」見たいな事を言っているようでした。するとまた何人かの人が次々に口を挟み、バスの中は5分位その事で騒々しくなりました。皆自身ありげに自分の言っている事が正しいと主張しているように見えました。私は上海の人達は皆親切なんだなと思い聞いていましたが、降りる場所を聞いた本人はちょっと困ったような顔をしていました。どうするのかなと思っていたら、隣の人が言っていた場所で降りました。私はまだ此処で降りたらちょっと歩くだろうなと思ったのですが、何も言えませんでした。そのままバスは次の停留所に向かいましたが、次の停留所の方がやはり近かったようです。すると口を挟んでいた内の一人が舌打ちをして、「だから此処のが近いと言っただろう。」というような事を言っていました。以前私も道に迷い、近くにいた人に聞いた事がありますが、ぜんぜん違う方向に行かされたのを思い出しました。親切に教えてくれたのですから怒りたくありませんが、分からない事は知ったかぶりをせず、はっきり「分からない。」と言ってくれた方がかえって親切なような気がします。
9月17日(水)        上海旅遊節(上海旅行祭り)             朱金仙
この前、歩道橋を渡って地下鉄の駅に行く途中、歩道橋の端に置かれている大きな「海」と「旅」の二つの文字を見て、また歩道橋にかける内容が変わったのか。オリンピックから万博までのカウントダウン600日の看板に変えたのは何日か前の事だったのに、また何に変えたのでしょうか?午後に来た中国人コーチに「今日は何かイベントがありますか、道には人が多いですよ。そして、道の両端には旗がかけられたロープがしめてありますよ」と聞かれて、すぐに、上海旅遊節(上海旅行祭り)が開幕するようですが、まさか今日なのか思って、インターネットで調べたら、「上海旅遊節は9月13日から10月6日までの期間中、上海市内各所で様々なイベントが行われ、上海市民、国内外からの観光客に上海を楽しんでもらおうというお祭りです」という案内が目に入りました。そして、9月13日の開幕式の夜に行われるのは花車のパレードで、上海のメインストリートの一つである淮海路で国内外から21台の花車がパレードをするそうです。夜にはある会員さんが練習にいらっしゃる時、淮海路が通行止めされていたので、結構大変で途中で帰ろうと思った。と言っていました。私が帰るには淮海路の歩道橋を渡らなければなりませんから、どこで渡れるかと思っていると、八木先生から「道を渡るために陝西路まで歩くしかない。そして、伊勢丹の裏のドアはもう閉められている」と教えて頂きました。仕事が終って伊勢丹の表口から出るとすぐ人の歓声が聞こえました。道の端には多くの人が立っているので、何が道を通っているか分かりません。どこかに隙間がないかと考えて近づいて見てもだめでした。雨なのに傘を差していない警備員が道の両端に立っています。花車が通るたびに歓声があげります。私は10:30までに住んでいる団地に着かないと、地下鉄に近い団地の入り口のドアが閉まるので、見物する気持ちも無く慌てて道を探しました。
9月16日(火)              国際レディース?            平川清治

先週の水曜日から昨日まで日本でのレッスンのため、帰国していました。帰国する前の上海はオリンピックが終わった次の日からずっと涼しかったですが、昨夜はとても蒸し暑く、浦東空港を出た途端に汗が噴き出しました。今回日本ではショートコースを含め3日間コースに出ましたが、いずれも天気が良く暑いくらいでしたが湿度は低かったので木陰に入るととても涼しく感じました。その中の1日は「国際レディース GC 」というコースへ行ってきました。このゴルフ場はショートコースと本コースの中間的なコースで、距離が短いので初めてラウンドする人やビギナーに向いたコースです。但し、ほとんどのホールが砲台グリーンになっているのでアプローチをミスすると大たたきもあるコースです。それに所々トリッキーなホールもあり、3番のミドルホールは、距離は200ヤード位しかありませんが100ヤード先からスタイミーになっています。モニターで前の組の状況を確認できるようにはなっていますが、危険防止のため「ティーショットは、男性は9番アイアンのみ使用可」とティーグラウンド脇の看板に書かれていました。まだ「9番アイアン以下のクラブで」なら分からなくもないですが、決め付けられるのはなんか釈然としませんでした。またこのコースは10年ほど前にパークゴルフ(ゲートボールとゴルフをミックスした様なスポーツ)を併設し、今ではそちらの方が大盛況でこの日も多くの人が楽しんでいました。その関係からか本コースもパークゴルフもプレーヤーの年齢層はかなり高く、この日1日でゴルフ場の名前にふさわしいグループは、僕が見る限り1組だけでした。僕のグループも例外ではなく完全なる「国内バーサンズ」でした。この日ご一緒した人たちはかなり昔からお付き合いのある人たちで、もはや家族のようなものです。「ばあさん」と呼ぶと何の違和感無くごく自然に「なに?」と振り向きます。しかし最近困っていることがあります。5年ほど前までは「ばあさん!」と呼ぶと1人だけ振り向く固有名詞的言葉だったのですが、今では全員一斉に振り向きます。そして「誰のこと言ってんのよ!分かりにくいわね!」と逆ギレされるのであった。

9月15日(月 )              友達の重要さ               李 倩倩
昨日は中秋節でしたが、私は出勤日でした。仕事は九時まででしたが、帰りに大雨に降られてしまいました。最近、雨が多いので気持ちが暗くなります。昨日は朝班なので朝出かけるまで肉とか野菜とか何も買っておきませんでした。なんだか寂しく感じました。「如何しますか?今日は祭りの中秋節なのに。お祝いなどしなぞ!」と思いながら近くの料理屋に行きました。四つの料理を注文して持ち帰りました。友達を呼んで来たので、寂しさは皆のお祝いの大声の中で、段々なくなりました。食後、皆と一緒に月餅を食べながら月を見るという予定でしたが、結局月はずっと隠れていて、我々は見ることができませんでした。仕様が無く、月餅を食べながらテレビの中の偽の月を見ることになりました。今日は遅班だと思って随分遅くまでお祝いをしました。友達に来てもらったので、とても楽しかった中秋節を過ごしました。その時友達の重要さがわかりました。これからは、友達の事をもっと大切にしていきます。
9 月14日(日)          変な外国人                    やぎ
ここ何日か雨がよく降り連休の天気が心配ですね。今日も雨が降ったり止んだりしていましたが、仕事が終わり帰ろうとしたら、伊勢丹の前の准海中路がお祭りの為通行止めになっていました。車が通れないのは珍しくないのですが、人も渡れることができなくなっていたのです。私は道路を渡って行かないと家まで遠回りになってしまうので、まだパレードも始まっていないし大丈夫だろうと思い、ロープをくぐって渡ろうとしたのですが、ガードマンに止められてしまいました。仕方が無いのでロープの途切れたところまで行けば渡れるだろうと思い、切れ目を捜しながら歩いて行く事にしました。すると、ポツリポツリだった雨が大粒の雨になり、傘を持っていなかった私はすぐにびしょ濡れになってしまいました。それでも我慢して小走りにロープの切れ目を捜しましたがなかなかありません。「どうなってるんだ!」と思い、だんだん腹が立ってきて、そこにいた婦人警官に、「向こうに渡りたいんだ。何処まで行けば向こうに渡れるんだ。」と怒った口調で言いました。すると私が ゛ 下手な中国語で怒っている 変な外国人゛ だと思ったのでしょうか、丁寧に簡単な英語と身振りで、「この先に行けば地下鉄の駅があるから地下道で渡れる。」と教えてくれました。私も腹を立てていたのですが、優しく教えてくれたので、゛謝謝´といってまた歩き出しました。そして10分位ずぶ濡れになりながら歩いて行くと、やっと地下鉄の駅に着きました。そして地下道を渡ろうとすると、道路を渡っている人が何人も見えました。よく見るとロープはそこで終わっており、通行止めもそこで解除されていたのです。なんだかとても損したような感じになり、「たった15 M あまりの道路を渡るのに20分近くも掛かるなんて、もっと考えて手前でも渡れるようにしろよ。」とブツブツ言いながら渡りました。でも、家に戻りふと考えた時、こんな事で腹を立てた私は、やはり 変な外国人 なのかなと思いました。皆さんはどう思います?
9月13日(土 )               思い出                      李 倩倩
今日、クラスメートの孫代雲から電話がかかって来ました。ずいぶん連絡を取っていなかった友達なので、一時間ぐらい喋りました。私と一緒にハルピンに行って日本語を勉強したことを思い出しました。二人は同じ部屋に住み、学校でも隣の席になりました。私より一つ下の彼女はどんな事でも遣ってくれて、本当に心から感謝しました。私はちょっと怠け者でしたが、彼女はちょっと違って毎日勉強していました。ですから日本語のレベルは私よりも高かったと思います。現在、彼女は広州の松下日系会社に勤めています。また、会社を通して今年の10月22日に日本へ研修しに行く事となりました。それも三年間という期限です。もし、日本語が溢れる雰囲気の中で三年間経てば、中国に戻った時日本語はもっと上手になるでしょう!彼女にはとても頭が下がります、日本語はぺらぺら話せますし、今パソコンについても勉強しています。やっぱりそのほうがよいと思いますね!若いうちにもっと勉強しなければなりません。これから私も日本に行ける事を目指して頑張ります!
9月12日(金)               中秋節                         朱金仙
明日から中国の伝統の祭り中秋節を合わせて三日間の連休がスタートします。旅に行く方はもう準備が終って出発の時間を待っているだけでしょう。旅行に行かない方は友達と会ったり、家族と一緒に月見をしたりするいいチャンスだと思います。残念ですが、今年は気候の影響で桂が咲く条件に達していないそうです。中秋節には月餅は絶対欠かせない物で、中秋節の一部になりました。しかし、今の月餅は材料や工芸などから言えば、昔のものより結構良くなったと言いますが、美味しさでは一番印象的なのはやはり子供頃の月餅でした。それはずっと期待していたことが実現したのが原因なのでしょう。美味しいというより満足感を得られたというのが適切だと思います。子供の時、このような祭りではいつも両親に食べ物を買って欲しいとダダをこねていましたが、今は自分が食べるより両親に買ってあげる気持ちの方が強い気がします。これが大人になったという特徴の一つでしょうか?この連休が終ってからまた国慶節の連休があります。特に今年の労働節の連休が廃棄されてしまいこの連休は大切だと思います。新聞によると今年の旅行客が去年の同時期に比べ2割増加するそうです。交通が込むのが大変ですが、それより楽しさは一生忘れない思い出になるでしょう。
9月11日(木)            9・11                      やぎ
今日は9月11日、アメリカで起きた同時多発テロ を思い出します。7年が経ちましたが、今でもその時テレビに写し出された映像がが頭に浮かんできます。それが実際に起こっている事だと気付くまでに時間がかかったのを覚えています。それは阪神・淡路大震災の時も 同じでした。「こんな事が実際に起こっているなんて信じられない。」と言う気持ちでした。実際に災害に遭われた方達の気持ちはもっと、深刻で計り知れないものがあるでしょう。 先日、古市忠夫さんと言う方の本をお借りして読まさせて頂きました。この方は2000年に60歳でプロテストに合格した事でメディアに取り上げられ、私も知っていましたが、本を読ませて頂いて感じた事は、古市さんが60歳でプロになった事ばかりではなく、むしろプロになってからの生き方に驚かされました。阪神・淡路大震災に遭われ、全てを無くされてからプロテストに挑戦し合格されたわけですが、自分の人生をプロゴルファーとしてだけではなく、むしろ被災地の復興や、消防団員としてボランティア活動に奔走されていることでした。本の中で、被災されてから自分の価値観が変わったと書かれてありました。「大事なものはお金やモノや名声や地位ではないんや。大事なことは人を思いやる、いたわる、感謝、友情、積極性、勇気。」 とありました。人として忘れがちな大事なことをこの本から学んだような気がします。
9月10日(水)              ゴルフ調子無常                朱金仙
ゴルフでは一日毎に調子が違うとよく感じます。この間はまだ調子が良くて打ったボールが幕の上方に飛んでいましたが、いつの間にか打ったボールが四方八方に飛んで行ってしまいました。わざと私に悪戯しているようです。こんな事が私には良くあります。この時どうして調子が悪いのか、どうやって早くいい調子に戻せられるかが大切だという事が分かりました。こんな事は可笑しいです。コーチが教えてもらう時には何の問題もなくちゃんと打てます。しかしレッスン後、或は自分が練習するときにはまた色々な問題が起こります。この間、トップオブスイングで止まってしまう傾向を無くすために、ステップの練習をしている時もそうです。その後、自分がそのドリルをやっても停頓の傾向を無くすどころか、かえって停頓の時間が長くなりました。スイングとステップのタイミングがずれて一つの動きじゃなく、別々に成ってしまいました。今は少し良くなった感じですが、完全に直すまでは努力しなければなりません。先ずスイングの流れを作ってからボールラインを安定させたいです。この順番が凄く重要だと思います。また、打ったボールが高く飛びすぎるとあまり飛ばないという言葉を聴いたことがあります。だから低い弾道を打ちたいです。今度は低い弾道の打ち方を習って練習していきます。
9月9日(火)                幻のパン                 平川清治
 最近竹炭にはまっています。はじめに使い出したのは、ごはんを炊く時に炊飯器に一緒に入れるとおいしく炊けるというものでした。確かに今までより炊き上がったごはんにつやがあり、おいしくなったような気がしました。その次に購入したのは洗濯機に入れるものです。上海は水が良くないので洗濯による色あせや傷みが早いですが、それをやはり洗濯物と一緒に入れると改善されるというものです。それからキッチン、トイレ、冷蔵庫、リビングにクッション型の消臭剤を置いています。なかなか竹炭パワーはすごいなと思っていたら、ある人から竹炭のパンがあるらしいと聞きました。それも一日限定6個しか作らないそうです。場所はいつも通勤で使っている伊勢丹の最寄り駅のすぐ近くだったので、これは是が非でも行かなければと、仕事帰りに立ち寄りましたが残念ながら売り切れでありませんでした。その後何度か行ってみましたが、やはりいつ行ってもありません。店員に「夜はいつも無いんですか?」と尋ねると、今一分からなかったですが、おそらく「一日に何度か焼くので夜でも買える時はありますよ。」と言ったように思いました。でもいつも同じような時間に行っても無いので今日の休み時間に行ってみました。でもやっぱり、売り切れでした。未だ現物を見てもいないのでイメージの中ではものすごくおいしいパンになってしまっています。いつになったらお目にかかれるのでしょうか?
近くに行った方は是非お立ち寄ってみてください。場所は香港新世界ビルの地下1階です。1階にはユニクロがあるビルですから分かりやすいと思います。買ってきてくださいとは言いませんからせめて食べた感想は聞かせて欲しいです。
9月8日(月 )               出来事                    李 倩倩
先週の土曜日に駅で遭った小さい交通事故についての話です。私が駅に着いた時にはもう沢山の人がバスを待っていました。普通と違って、何十分間も待ちましたがバスはなかなか来ませんでした。皆ともバスの来る方向を向いてイライラしていました。やっと916番のバスの姿が目に入って皆は乗ろうとする時、急に「パー……」という音が出てきました。近づいて見ると他のバスとぶつかった事が分かりました。せっかく来た916バスのバックミラーが割れたので運転してはいけなくなってしまいました。隣のバスの運転手がスピードオーバーのせいでこういう状況になってしまったので916番の運転手は皆に謝る必要がないと思いましたが、916バスを待っている人の中で一人背の高い人は怒った顔をしながら運転手に声をかけ、地元方言を使ってどんどん文句を言いました。その運転手は初めは「すみません」と謝っていましたが、だんだん声は大きくなり、結局喧嘩になってしまいました。あの人は何か用事があって非常に急いでいたかもしれませんが人と喧嘩するのはやはり止めたほうがよいと思います。それに、この事故は運転手がわざわざ遣った事じゃありません。許すべきだと私は思いました。世の中でいろいろ出来事は物凄くありますが、何でも人のせいにし自分は何のミスもないと思うと社会は間も無く混乱な場面になってしまうのではないでしょうか?土曜日に書いていた日記の通り、ゴルフをするマナーは自分自身で守りますが、我々中国人は日常生活の出来事から礼儀を守る事を学びましょう!
9 月 7 日(日)              停電                      やぎ
先週の休みの日の朝、目を覚ましトイレに行き電気をつけようとしたらつきませんでした。電球が切れたのかなと思いあまり気にしなかったのですが、その後テレビをつけようとしても点かないし、部屋の電気やパソコンのスイッチを入れても点きませんでした。寝起きのボーとした頭のなかで、これは停電だな思いタバコを吸っていたのですが、ある事に気が付き思わずアッ!と言う声を上げてしまいました。そして急いで熱帯魚がいる水槽の所へ行きました。思ったとおり水槽の水温を保つ機械や、酸素を供給する機械が止まっていました。これでは熱帯魚が皆死んでしまうと思い、急いで友人に相談し管理室に連絡を取って貰いました。今飼っている熱帯魚は 2 年前から私が飼っているもので、何匹かは死んでしまいましたが、大半はこの水槽の中で孵化したものでした。毎朝餌をあげる時には口をパクパクさせながら寄って来たり、水を取り替えるときなどは私が手を入れると突付いたりします。だんだん可愛く思えるようになって、朝餌をあげる時や、仕事から帰ってきた時に水槽を覗くのが楽しみなっていました。熱帯魚には以前の日記にも書きましたが、苦い経験があるので死なせてはいけないという思いが頭の中をめぐってきました。やがて連絡を取ってくれた友人が、電気工事の為、朝 6 時から夜の 6 時迄の間停電だという事を知らせてくれました。それはエレベーターの所に前もって掲示して筈だと言うのです。そんな事言われてもと思ったのですが、気が付かなかった私が悪いのだと思い、どうしたものかと考えていました。その間水槽の中を何回ものぞきましたが、幸いな事に水温は殆んど変わらず、熱帯魚達も変わった様子はありませんでした。まあ暫く家にいて様子を見ていようと思いましたが、考えて見ると私自身もシャワーする事も出来ず、食事もとる事ができない事に気が付きました。テレビも付かない沈黙の部屋の中で、夜の 6 時迄数時間も過ごさなくてはならないのかと思うと気が重くなってきましたが、それでも2時過ぎ迄雑誌を読んだり水槽を覗いていたりしたのです。しかし朝から何も食べていなかったので、お腹がすいてきてとりあえず家にあったお菓子と麦茶で我慢しましたが、とても 6 時迄はもちそうにありません。水槽を覗きながら、熱帯魚達の様子が変わっていないのを確認し、これなら大丈夫だろうという勝手な判断をし、私は出かける決意をしました。出かけていても気がきではなかったのですが、シャワーもしたかったのでお風呂道具を持って、日本で言う「銭湯」に行き、それから食事をして買い物も済ませ、 4 時頃部屋に帰りました。真っ先に水槽を覗きましたが、熱帯魚達は皆無事でした。安心してまた雑誌を読んでいると、水槽からジーと言う機械音がしてきて、泡がブクブクとたちはじめました。予定より早く工事が終わり電気が点いたのです。やっと終わったと思いましたが、私の貴重な休日もこれで終わってしまったと思った時、ちょっと寂しくなりました。生き物を飼うというのは大変な事ですね。
9月6日(土)             ゴルフルール                    朱金仙
ゴルフは審判員のいないゲームと言われていますが、初めてこれを聞いたときは、審判員がいないとごまかしやすいのではないか。それに、知らない方と一緒にプレーする事も結構あると思いますが、相手はどんな人か知らないので、もし、相手がOBになったボールをこっそりセーフの場所に移したり、障害物を取り除いたりしたら、他の人にとっては不公平なのではないでしょうか。ジェヌインでは1レッスン80分の中で、20分間ゴルフ理論とかルールを説明します。最初、それはあまり大切な事ではないと思っていました。それより打席でちゃんとスイングの練習したほう効果があると考えていました。しかしその考え方は、簡単なルールブックを読んでから変わりました。何故簡単なルールブックかと言うと、それは漫画で書いてあり分かりやすくなっています。勿論、他のルールブックもありますが、全部読み続けられませんでした。とても細かくて奥深いです。ゴルフは審判員がいなくても、自らルールを守るのを前提としてやります。この点から言えばスコアより人の信用が大切だと思います。以前「ゴルフをする子供は悪い事は学びません。」と言う言葉を見ました。多分こう言う事を指しているのでしょう。ゴルフコースは自然の環境に基づいて作られていますから、一球ごとに違うと言うことを良く聞きます。問題があった場合どんな対応をすればいいのか、これが分かっていないと恥をかくだけじゃなくて、他人にも迷惑をかけると思います。せめてスコアは良くなくてもマナーはちゃんと守りたいです。これからもっとそれらの事を覚えていきたいです。

9月5日(金)               朝のお散歩              平川清治

水曜日の朝の出来事。この日は休みでしたが、朝8時半過ぎに目が覚めました。のどの渇きを感じたのでキッチンへ行きました。すると月曜の夜のごみが残っていたので虫が寄ってくると嫌だと思いとりあえず先に外へ出すことにしました。玄関を開け半身でごみを外へ置こうとした時にごみの中から小さな虫が ぶ〜ん と出てきました。 うわっ! と 思わずごみを落としてしまいました。そして袋の封をしっかりしておこうと両手でごみを持った時に後方で「カチャ」と音がしました。その時は事の重大さがまだ理解できていませんでした。しかしその直後。部屋に戻ろうとしましたが、扉が開きません。 「えっ?」 その時はじめて事の重大さに気付きました。「うわー!どうしよう。どうしよう。どうしよう。・・・・」扉の前を行ったり来たり。もともと低血圧で朝がものすごく弱い僕は全く頭が回転しません。誰かに電話しよう。「ない、ない、ない、携帯がない。」とりあえず落ち着こう。まずは一服。あ〜、たばこもない。「どうしよう。どうしよう。どうしよう。・・・・」寝起き間もない状態なのでもちろん何も持っていません。その時の格好は、色あせたよれよれの青い T シャツにタイ風の柄のすその短い寝巻き代わりのズボン。それとサルの顔がデザインされたスリッパ。となりの家のインターフォンを押そうかと思いましたが、どう話せばいいのか解らない。たとえ話が通じたとしてもうちの部屋は開かない。 「どないしよう???」 その時部屋を借りた不動産屋を思い出しました。そこへは徒歩で約20分。起きてからまだ 1 分足らず。寝癖爆発の頭に腫れ上がった目。おまけに寝巻きにサルのスリッパ。日本では絶対に外へは行きたくない格好です。場所が場所なら捕まるんではないか?しかしこのままずっとここにいるわけにはいかない。そのままの格好で不動産屋へ行くことを決意しました。恥ずかしいな〜と思いながら歩いていましたが、誰の注目も浴びません。むしろいつもより街に溶け込んでいるような気がしました。露天へ朝ごはんを買いに来ている人より僕の方がまだこぎれいなくらいです。 「ここは中国でよかったー!」 とはじめて心から思えた瞬間でした。スリッパを引っかけ不動産屋へ入ると、受付にいた女性に不審がられましたが、とにかく説明をしなければと、人差指で床を指しながら 「私の家。ここ。5月。」 (これ位のことしか言えません。)受付の女性はすかさず 「はあ?」 いやいやいや。はあ?じゃなくて 「私の家。ここ。5月。」 すると奥から出てきた男性が僕のことを覚えてくれていました。とりあえず電話を借りることに成功し友達へ電話をしました。友達から事情を説明してもらったところ、近くに住む大家さんが控えの鍵をうちまで持ってきてくれることになりました。うちに戻ると既に大家さんのおじいちゃんが待っていてくれましたが、一瞬僕のことを、上から下、下から上へとチェックし、ニヤッとしたことを僕は見逃しませんでした。なんかものすごく嫌な感じでしたが、わざわざ鍵を持ってきてくれた救世主なのでお礼を言い、扉を開けてもらいました。部屋に入り、ほっとするとのどが渇いていたことを思い出しました。汗も掻いていたのでビールを飲みました。 一仕事終えた後のビールはうまい! しかし、もし昨夜パンツ一丁で寝ていたらと想像すると ゾ〜 とし、冷たい汗が背中を流れ落ちました。

9月4日(木)                     ゴルフ仲間                   やぎ
9月に入りすっかり涼しくなり、天気の良い日の青空を見ると、「今日コースに行っている人は気持ちがいいだろうな。コースに行きたいな。」何て思ってしまいます。私がゴルフを始めた頃は、まだゴルフをしている友人はいませんでした。今の中国と同じように富裕層の方達の特別のゲームであったように思います。私は新宿の練習場でアルバイトをさせて貰い、毎日暇な時間を利用してボールを打たせてもらいました。コースに行けるようになってからは、それまでは思うようにいかない口惜しさで、ただひたすら練習場でボールを打っていたのとは違い、広々とした自然の中での気持ち良さや、ボールが空の中に吸い込まれるように消えていく爽快感がたまらなくなり、毎日コースにいける日を楽しみにしていたのを思い出します。家からそれほど遠くない所に荒川の河川敷があり、ゴルフコースが何ヶ所かありました。そこは一人で行ってもコースをプレーする事ができ、一日回り放題で5000円でした。当時の5000円はまだ学生の私にとっては高額でしたが、休みの日に私はバックを持ってよく一人でそこに行きました。初めて行った時に知らない方達と一緒にプレーをする緊張感と、上手く打てなかったらどうしようという不安から、身体がガチガチに固まっていたのを思い出します。でもミスをした時に「ドンマイ、ドンマイ」と言って励ましてくれたり、上手くいった時には「ナイスショット!」とおおきな声をかけてくれたりして、初めて会ったおじさん達が以前からの知り合いのように思えて、身体のガチガチはだんだんなくなっていきました。それとおじさん達に褒めてもらった時の嬉しいような、照れくさいような気持ちがあったのを覚えています。ゴルフは気の合った友人達と一緒に行くのが一番楽しいと思いますが、初めて出会った人達でも、エチケットに書かれているように、お互いに相手を思いやる心、励ましあう気持ちを持っているのですぐに仲間になってしまうのでしょう。それは、上手くいかなかった事の口惜しさや、思ったとおりにボールが飛んでいった時のなんとも言えない気持ち良さを、誰もが経験しているからではないでしょうか。
9月3日(水 )                    物貰い                李 倩倩
帰りの地下鉄での事でした。いつも一号線を利用していますが、その日私が地下鉄を乗ったところ、うろうろしている一人の子供がいました。その子は急に人々の前に近づいて来たのですが、様子を見て本当に吃驚しました。少し様子を見ていると、実は物乞いをしている事が分かりました。このようなことはよく目に入りますが、とても考えられない現状です。噂によると、こんなに小さい子が物乞いなどをするのは、自主的にやっている事じゃありません。誰かに指示されて、言うとおりにやっているほかなりません。それに、これ等の子供は生まれてから家族の家計が貧しく育てられないので、人買いに品物として売られてしまうそうです!最近テレビである大学生が、インターネットを利用し、何か悪い目に遭った人を各ウェブサイトに発表して、様々な手段を通して人々のお金、衣服などの援助をしてもらったという記事を見ました。しかし、それらの悪い目にあった人というのは、実は嘘をついてかわいそうな人を演じています。私の対応策は、見えないふりをして何もあげません。自分がやれる事は沢山あるはずですが、どうして人に頼り善良の人々を騙すのでしょうか?例えいくら貧乏でも、人々が一生懸命稼いだお金を苦労もせず、ただでもらうのは恥ずかしい事だと思います。中国の経済発展によって、物貰いの人がいなくなる事を期待しています!
9月2日(火)               ツール ド ディナー           平川清治
先日夕食を食べに行った時の話ですが、天気も良く爽やかな日だったので、トレーニングを兼ね自転車で行くことにしました。店までは10KMくらいありましたが、問題ないだろうと出発しました。ところが1/3も行かない所で既に太ももが痛くなってきました。子供の頃はどれだけ長く自転車に乗っていても疲れることはなかったものですが。いつもより進みが悪いような気がしてタイヤを調べると空気が結構抜けていました。折りたたみ式のタイヤが小さい自転車なのでもともとスピードが出ないですが、今日は更に進まない。それでもペダルを漕ぎ続け約50分で目的地に到着しました。着いた時には疲れから食欲があまり無かったですが、食べているうちにどんどん食欲がわいてきて、帰りのことを忘れつい食べ過ぎてしまいました。帰りの道中は満腹で体重が増したせいでタイヤが悲鳴を上げています。ちょっとした段差でもお尻に突き上げるような振動が伝わってきます。途中何度も休憩をし、へろへろになりながら帰路に着きました。普通の自転車や電動自転車にごぼう抜かれ状態でしたがしょうがないと思いました。しかし、よぼよぼのおじいちゃんに追い抜かれた時はさすがに「これではいかん!」と最後の力を振り絞り、抜き返しましたが、その後再びあっさりと抜かれてしまいました。もはや抜き返す気力は残っておらず段々と小さくなるおじいちゃんの背中をむなしく見ていました。帰りは1時間半掛かってしまいましたが、家にたどり着いた時は高校生の時の部活が終わった後のような充実した疲れを感じました。その時には次回は更に遠くまで行ってみようと思いました。とりあえず目標はじいちゃんばあちゃんに抜かれないこと!
9月1日(月)            無題                      朱金仙
9月に入って一年の大半が過ぎました。今年ももうすぐ終わると思うと、なんだかちょっと虚しく感じます。天気も急に涼しくなってジェヌインにいて半袖着ならちょっと寒く感じます。8月、お盆休みために、日本へ帰った会員はどんどん上海に戻ってレッスンを再開しました。皆さんは日本にいた期間結構楽しかったようで、もう上海に戻りたくないと言った人もいました。この気持ちは私が春節に帰った時と同じだ思います。でも、私はただ自分の国の中で場所を移動するだけで、会員さんとは違います。皆さんは違う語言と文化の国で生活していますので、そのホームシックは私より何倍も強いでしょう。早く上海で楽しい事を見つけてほしいです。今日、入会した会員さんが住んでいるところは殆ど日本人で、いろいろなサービスとか修理などを全部日本語で対応しているそうです。ですから、中国語を勉強する必要がなくなりました。余裕があってゴルフを始めました。そして、1ヶ月間後に120で回りたいという目標を目指しています。そのため、この1ヶ月間に30回以上のレッスンを受けようと思っているらしいです。


 

 

 


          

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